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今日で60年。
広島の小学生ですら3割程度しか今日の日を認識していないと聞きます。
風化させてはならない、その為にも公園や資料館があります。
私は夏休みの間で訪れてみようと思っています。

忘れかけてた方がこの日記を読んで少しでも思い出し考えてくれたらいいなと思います。

peace!

コメント

1 2005年08月06日 11:22
今朝、私も通勤途中の車中、心の中で黙祷しました。

色んな資料やフィルムを見ても
この日の事が現実に、60年前に起こっただなんて
信じられないけど現実なんだなと痛感します。
終戦70年目を迎える頃には被爆者の方々の御存命も危ぶまれてるそうです。
そうなれば歴史の教科書の出来事として、ただただ淡々と
知識として伝わっていくのでしょう…か?

8月6日だけでなく、365日心に広島を!
LOVE&PEACE!

…ところで…夏休みなのね?能美なのね??いいのぉ〜
私は1時間ほど事務所→帰宅→只今mixi中→仕事でやんす。
今夜が山田だと思うよ、思い切り楽しんできてチョ☆
女番長RINN大将によろしく!!

2 2005年08月06日 13:17
ゲストが来る度に連れてくからボチボチ資料館行くことは多い。
みんな興味深く見学して帰ったよ。
そういうゲストを見ながら俺の方が普段、普通にあるものとして認識してる
ことにハッとさせられたりするしね。
分かってるつもりでも、たまに行ってみるのはいいかもしれない。

つか、俺が小学生の時は8/6は登校日だったけど今は違うのか??

3 2005年08月06日 14:51
頑張って8:15まで起きてようとしてたんだけど寝てました。
仕事明け(坂出遠征+24hrs以上睡眠ナシ)だったので仕方が無いか。
でも年を取るに連れてだんだんと今日の意義の重さを感じてきます。

>1
被爆者の高齢は進む一方だけど、それは時間が経つことだから仕方が無い部分ではあるよね。その一方で残された人間が如何に風化をさせないかということが使命ではないかと。
その一端を資料館が担ってるんだと思います。
アメリカ9.11の遺族たちは広島・長崎の被爆者や遺族の方々が加害者に訴えるだけでなく、とにかく悲惨さを伝え続けている姿を見て尊敬しているそう。そう思ってくれている限りは今の行動は無になっていない。

>2
広島の小学生ですらこんな状況だから、県外の方の認識の割合はもっと低いんだと思います。平和学習すらほとんど実施されていないみたいですし。
そういう方が資料館を見学すると一様に驚きますよね。それだけでも存在意義は果たしてるんじゃないかなぁ。
私が最後に行ったのってよくよく考えてみると、高校のとき転校してきたヤツを連れて行って以来まったく足を運んでいない。
近くにあるが故に行って無い。ただの言い訳。
ただ入場者数は年々減ってきているそう。

4 2005年08月06日 19:41
マイミクさんの日記で知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050806-00000035-mai-soci(リンク切れのため内容不明)


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